ゆさん歩

人生を楽しむツール「ファッション」を綴ります

【それ勘違いかも】「ファッションは自由でいい」について考えてみた

こんにちは、遊佐です。

皆さんは「ファッションは自由でいい」という言葉を聞いたことはあるでしょうか?

聞いたことはあるけど、深く考えたことはないという方は意外と少ないのではと思います。

世の中不自由なことは多いけれど、洋服、服装に関してはさずがに自由なんじゃないのかと思いがちですが、実際はどうなんでしょうか。

「ファッションは自由でいい」を額面通り受け取っていいのか、その裏にある意味を読み取ろうとすべきなのか、今回のブログではそんな話をしています。

 

この記事はこんな人にオススメ
  • ファッションは自由?
  • ある程度ルールに従ったほうがよくない?
  • 自分の服装に口出ししてほしくない

 

【それ勘違いかも】「ファッションは自由でいい」について考えてみた

ファッションは自由でいい

ファッションは自由でいい?

自由とは束縛を受けることなく好きなようにできること。

この言葉をそのまま真に受けると、「ファッションは自由」となります。

好きな服を好きなように着れますし、誰に文句を言われる筋合いはありません。

文句を言われても「好きな服を着て一体何が悪い?」と言ってやりましょう。

ファッションを自己表現の一環として体現しているのであれば尚更です。

 

ですが誰かに共感して欲しいと思っているのであれば、話は変わってきます。

なぜなら自分がお洒落だと思っていても他人はお洒落だと思わないかもしれないからです。当たり前のことですよね。

そして自分に共感してほしい誰かが1人であればいいのですが、通常は集団になります。

この場合、集団がイメージするお洒落像に自らを寄せていく、つまりは彼らのルールに従う必要があるということです。

言うまでもありませんが、この瞬間に「ファッションは自由」ではなくなります。

 

先ほど自己表現という言葉を使いましたが、自己表現目的の人は他人関係なく自分がいいと思っていればそれで満足出来るので、誰かからの共感を求める必要がありません。

一方でファッション好きの人に多い自己主張型は、「お洒落だと思われたい」、「注目されたい」といったように他人からの共感、承認を求めます。大衆的な言葉を使うと、「モテたい」ですね。

正直、「モテたい」がファッションに興味を持つ最たる動機ではないでしょうか。少なくとも僕はそうでしたね。

まとめると、ファッションは自由だけれど、お洒落だと思われたいのなら、ルールに従う必要があるということになります。

誰が言っている?

ファッションは自由だとそもそもどこで誰が言っているのか?

少なくとも僕の周りで、そんなことを言っている人はいません。

もしそんなシーンがあるとすれば、誰かに着こなしを指摘された際に少し腹が立って言い返すときぐらいなのでしょうが、それも正直現実味がないかなと。

 

A氏「Bさん、そこは違う色のパンツを選んだ方がよくない?」

B氏「いや、ファッションは自由だからこれでいいの!」

 

・・・妄想会話ですが、こんな会話聞いたことないわw

 

つまるところ自由でいい論を展開しているのはSNSやブログでコンテンツを発信している人たちだと思われます。

展開されているシーンとしては、自分が発信したコンテンツの正しさについていまいち自信を持てない時。つまり自分の意見の盾として「ファッションは自由でいい」と言っているということです。

この文言さえ使っていれば、たとえコンテンツ内容が読み手に受け入れられなかったとしても、自分は間違ったことは言っていないと主張できますからね。

なんとも使い勝手のいい言葉ですが、少し情けない感じもします。

自由はイイもの?

「自由ではない」「人に迎合する」と聞くと、ネガティブなイメージを持つ方がいるかもしれませんが、逆に自由であることがお洒落するにあたってそんなにいいものなのでしょうか?

ファッションに限らず何かを始めるときは、枠組み(制約とも言える)がないと中々スタートがきれないものです。要はきっかけとなるものですね。

実際、いざ自由にやってごらんと言われると困りませんか?

せめて「これだけはやらないでね」という最低限の掟ぐらいは定めてもらってほしくないですか?

少なくともファッションにおいては、何と何を組み合わせればカッコ良くなる、美しく見えるという法則はほとんど出尽くしていますので、それらに則ってお洒落をしたほうが合理的です。

 

SNSが発達してファッションインフルエンサーと呼ばれる人が登場するようになりましたが、彼らはファッションの法則なるものを発信しています。

インフルエンサーには権威性が備わりますので発信内容の信憑性が高くなり、やがて付き従う人たちが現れるようになります。付き従うということは自由を放棄していることに他なりません。

つまりこの構図は自由より不自由さを選んだ者たちと、そんな彼らを束ねる者とで形成されているということになりますが、上手くいってますよね。

付き従う人にとっては、自由ではないほうが楽というか安心できるのかもしれません。

 

守り、そして破る

ファッションは自由であるといっても、実際に好き勝手やっている人はほとんどいません。無意識ながらも何かしらルールとされているものに則ってコーディネートしており、そもそも誰も別段自由を望んでいるわけではないんですよね。

個人的に「ファッションは自由でいい」という言葉は、ルールの中にあるものと思っています。どういうことかというと、秩序や制約があるからこそイイものが出来上がるということです。

例えば本来はこうあるべきというコーデのテンプレがあったとします。その通りにやるのもいいんだけど、少しアレンジを効かすことでクリエイティブなものが出来上がる。1から作り替えるわけじゃないのでコーデが破綻しませんし、テンプレベースということで他人からの共感も得やすいというわけです。こういうアプローチは「抜け感を作る」と言われたりもしますね。

www.yusanpo.com

つまり、まずはルールを重んじる必要があるということです。その上でルールを破ることこそ「ファッションは自由である」と言えるのではないでしょうか。

まとめ

ここがポイント
  • ファッションは自由。でも共感して欲しければルールを守る必要がある。
  • 自由とは手放しで喜べるものではなく、むしろ現在のファッションを取り巻く環境は不自由さで成り立っている
  • ファッションにおける自由とは、まずルールを守ることから始まり、その上でルールを破ることである

ファッションに限らずルールを破れる人には大きな魅力を感じますね。

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