こんにちは、遊佐です。
ファッション初心者の方がユニクロに慣れてきて、次にステップアップしてみようかなと思った際に検討するのが、セレクトショップのオリジナル、いわゆるセレオリだったりしますね。
セレクトショップに置かれてある商品は、なんとなくお洒落に感じる方も多いのではないでしょうか。
ですがこのセレオリに対して、無難でどこも似たようなデザインでおもしろくないという意見が少なくありません。
こんな服でこの値段なの?というコスパの悪さについても度々言及されます。
そこで今回のブログでは、セレオリの是非について話していきたいと思います。
- セレオリとは?
- セレオリはおもしろみがないのか?そんな商品はダサいのか?
- コスパはいいのか悪いのか?
【セレオリの価値とは】セレオリのオリジナルは何故ダサい?コスパが悪い?
セレオリとは?
念の為、セレオリが作られる経緯について話します。
セレクトショップの取り扱い商品は、メーカー仕入れ分と、オリジナルの二つです。
メーカー品の仕入原価率は大体60%。100,000円で売って粗利40,000円。そこから販管費を引くとたいして儲からない。
儲けるために手掛けるのがオリジナル製品で、製造原価率は約30%であることが多いです。製品開発の段階から自分たちが手がけることができるので、好きな価格で好きなように作れます。ちなみにこの原価率でさえも営業利益3%とかになるので、いかに利益率の低い商売かがわかりますね。
デザインがつまらない?
さて儲けるために必要なオリジナル製品ですが、表題にあるように「おもしろくない」「どこも同じ」と揶揄されることが少なくない。
この意見について、確かにその通りだと思う。もはやタグの違いだけじゃないの?というぐらいの微差デザインも少なくない。
もちろん生地のクオリティにはっきりと差があったりもしますが、ぱっと見は分かりにくく、その違いをしっかりと伝えられる販売員も少ない。その結果、どこも似たようなデザインとして認識される。
セレオリは「儲けるため」の製品と言いましたが、そもそもは低品質低価格商品が氾濫していた時代に、価格と品質の高バランスを目指したもなので、銭ゲバっぽい文脈にはしたくないのですが、残念ながら最近は後者の印象が強いと言わざるを得ません。
無難かつ、どこのセレクトショップも大体同じようなデザイン。無地、シルエット、生地、機能などあらゆる点で似通っており、全く競争力がない。
ですがオリジナルはそういうものだとも思っています。というのは、現在のオリジナルに対する期待値がそもそも高過ぎです。
不特定多数のマス層に当てにいかないといけないので、無難なデザインにならざるをえないんですよね。その性質を前提にせずに、オリジナルに対して「セレクトショップなのに」という期待を高めてしまうと、そのギャップにやられてダサい、面白みがないと感じてしまいます。例えば同じマス層向けのユニクロの商品に対して、ダサいとか面白みがないと別段感じないはずです。何故かというとユニクロの本質はデザインよりもベーシックまたは機能だからです。そして高品質なのに低価格あるいは適正価格になっているからです。なので同じ無難でも、「面白みがない」と「ベーシック」という、まるで違う印象に分かれます。
セレクトショップもユニクロと同じで、あくまで小売店であってメーカーではないということを再認識すべきだと思います。
小売店が作る製品にデザイン性を期待しますか?
そもそも市場で売れている製品を参考に作られるのがオリジナルなので、0→1ではなく、すでに存在する1の模倣ということになります。同じことを各セレクトショップが行うわけですから、どこでも同じような製品が作られます。
セレクトショップも自分達がメーカーではないことを理解しているので、下手に個性を発揮したりしません。
自社でしか販売できないものを作るのだからオリジナリティをつけて差別化したらいいのにと思う人も多いでしょうが、いざ自分が当事者になったときにそんな判断が下せるでしょうか?
自社オリジナルの最大の懸念点が在庫リスクです。多額の投資をして、はりきって個性を発揮した製品を大量生産をしたあげく、デザインが受けずに大ゴケしたらどうしますか?
定価で売れずにセール販売。しかしデザインがいまいちでセールでも売れない。売れずに大量在庫し続け、キャッシュフロー悪化。挙句の果てに評価損して利益圧迫。
そんな地獄絵図を見たくないから、当てる自信のないデザインよりも、マス層に受けるとわかっている保守的なデザインで作るのは当然です。大量生産できる資金力と販売力を武器に、売れ筋デザインを模倣した商品を作ったほうが合理的なのです。
商品に面白みがないのは小売店側も十分にわかっているはず。その上でおもしろくないと言われる製品を作るというのは、自分達の領分をわきまえている、ある意味潔い姿勢と言えます。
「セレオリなのに・・・」ではなく、「セレオリなんだから」と考えると、ネガティブギャップは生まれないはずです。
価格の妥当性について
セレオリ製品はコスパが悪いと言われることも多いです。
確かに製造原価率が約30%で、さらに粗利に値引きロス分が含まれていたら、そう思われても仕方がないです。最近は高原価率を謳うメーカーも多いので、余計にぼったくりだと思われるでしょう。
でも買っている当の本人がぼったくりだと思っていなかったら何の問題もないんですよね。値段が高いかどうかを決めるのはあくまでお客さんであって、何が良くて何が悪いかなんて外野がどうこういう話ではないんです。
これは主語が違えば受け取り方も変わってくるという超当たり前の話で、主語がマス層かニッチ層かで、コスパがどうとかや、それこそダサいか否かの感じ方が変わります。
事実がどうであれ、お客さんが納得しているかどうかということが重要ということです。
原価率が低い問題に関して批判的なコメントがくるのは、儲けが悪という観点があるからなのでしょう。昔から日本では、儲けている人が「越後屋おぬしも悪よのー」のような守銭奴に見られがちで、儲けるということに対してとてもシビアです。
その土壌もあってか、「自社は不当な利益をとらず、皆が買いやすい価格で提供している」というメッセが美談として受け入れられやすい。これは逆に言えば、そういう受け取り方の人が多いからこそのアプローチともとれるわけで、お涙頂戴感のある戦略的意図と考える方が自然です。
確かに低い原価率の裏で不当に買い叩かれている縫製工場もあり、そういう事情も知ってしまうと、なおのこと印象がよくないと思いますが、それとこれとは話が別です。
どんな価格にするかは小売店の自由で、その価格で買うのもお客さんの自由。それで成り立つ世界という、それ以上でも以下でもない話なので、価格の妥当性について外野が口を出す必要というか意味があまりないのかなと思います。
なので議論する点があるとすれば、工場と発注者がもっと対等であるべきだということなんですが、それすらもお客さんにとってはぶっちゃけ関係のないことで、諸々切り分けて考えることが肝要です。
オリジナルで戦える凄さ
「オリジナルっておもしろくないよね」
「うん、そうですね」
もうこれ以上話を広げようがないほど、「オリジナルはおもしろくないよね話」を深堀りする意味はないと思っています。
そんなことよりも、もっと言及というか評価されていいのになと思うのが、そもそもオリジナル製品で商売ができているということです。
オリジナル製品を大量生産し、それを販売し、次年度以降も続けるには、資金力、調達力、販売力(ブランド、販路、販売)の全ての要素を備えていなければならず、誰でもできることではありません。
百歩譲って仮に大量生産ができたとして、それらを販売するのがさらに難しい。
なぜかというと、「つまらないデザイン」なのに売れているのは、お店にブランド力があるからなんです。セレクトショップの名前が入ったタグが付いているからこそ売れるんです。
じゃあタグがなかったらもっと安い価格なんでしょと、買うのがアホらしくなってくる人も多いと思いますが、タグはブランドの結晶であるという概念が抜けています。
こちらの記事でも書きましたが、ブランドは一朝一夕である日突然誕生するものではなく、もともと備わっていた思想や哲学が、緻密なマーケティング活動の末に顕現したもの。
ですからブランドタグというのは、とてもとても価値のあるものなんです。
構造で捉える
セレオリは個性のない製品と言われる始末ですが、そんな製品が作られる構造に目を向ける必要があり、その構造を作っている一つが消費者の存在です。
先ほども話しましたが、セレクトショップのオリジナルが売れるのは、「セレクトショップの」という但し書きがつくから、つまりブランド力があるからです。
洋服を程度の差こそあれブランドで買う人が世の中大半のはず。
ブランドで買うというのは、いわゆるブランド好きというあまりありがたくない意味の他に、信頼をおけるからと言う意味もあります。名が通ったお店の商品なら、大丈夫だろうという購買の拠り所となります。
逆に、素材や縫製を確認し、それによる値付けが妥当かどうかを見ている人なんてほぼいませんし、そんなことに時間を費やすくらいなら、他に大事なことがいくらでもあるはずです。
ですから、「専門的なことはわかないが、いちいちチェックせずともここの商品だったら大丈夫なんだろう」と即断できるような認証が欲しいんです。それがブランドです。
もちろんブランドにあぐらをかいて製品作りをおざなりにすることはできません。それはブランドを信頼してくれている人との約束を破ることになりますからね。
しかしブランドを作る人、ブランドで買う人で成り立つ世界において、商品自体のデザインにばかり執拗に目を向けるのは、少々的外れのような気もします。
むしろ似通った商品が多い状況を所与のこととし、他の要素で優劣が決まると考えるべきです。他の要素とはブランド力もそうですし、販路の構築、そしてスタッフの能力も含まれます。
まとめ
- セレオリ品は確かにおもしろくないし、どこのお店のものもデザインが似通っている。でもそういうものなので、ことさら批判する必要もない
- セレクトショップはあくまでも小売店でありメーカーではないので、そもそもデザインで勝負する領域にいない
- コスパがいいか悪いかを決めるのは消費者であって、識者含めた外野ではない
- オリジナル製品で商売できていること自体をもっと評価したほうがいい
- セレオリが作られる一旦を担っているのが、ブランドで買う消費者であることも忘れてはいけない
「当たり前に存在するあまり過小評価されがちだが。実は難易度が高く、当たり前に存在するものではない」ということが世の中多々ありますが、セレオリはまさにそれです。