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「めんどくせ」は本当の「めんどくせ」を招く

こんにちは、遊佐です。

今回の記事タイトルには元ネタがあります。

それはゲーム「真三國無双7」の登場キャラクターである賈充が発したセリフです。

真三國無双シリーズは三国志を題材にして作られたアクションゲームですが、基本的には史実に沿ったストーリ展開がされています。

プレイ当時の僕はまだ20代だったのですが、印象的なセリフとしてしばらく頭に残っていたのがこれです。

 

無駄な温情は本当の「めんどくせ」を招く

 

実際に自分のこれまでのプライベートや仕事を振り返ると、的を得過ぎた言葉だったなと改めて思います。

「めんどくさい」が口癖もしくは思考癖になっていたりしませんか?

もしそうであれば今回の記事は参考になります。

かくいう私もめんどくさい星人。

少し長いですが、最後まで読んで頂けると幸いです。

 

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「めんどくせ」は「本当のめんどくせ」を招く

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どんなシーンで使われた言葉?

【無駄な温情は本当の「めんどくせ」を招く】発言は以下のようなシーンで使われました。

 

西暦249年、中国は魏・呉・蜀による三国鼎立の時代に入っていましたが、その中の魏において「高平陵の変」というクーデターが起こります。

魏の名将「司馬懿」が、それまで魏の実権を掌握していた「曹爽」とその一族を処断して、自らが実権を握るという一大政変です。

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曹爽が展開していた悪政に対して、このままでは魏の国力が低下していずれ他国によって攻め滅ぼされてしまうことを危惧した司馬懿が立ち上がります。

しかし、司馬懿の次男である司馬昭が言います。

 

「曹爽を廃するのは分かるけど話が大きくなってないか?」

 

すると兄の司馬師が諭します。

 

「照よ、やるときは徹底的にやらなければいけない」

 

さらに重臣の賈充が口添えます。

 

「無駄な温情は、本当の「めんどくせ」を招くぞ

 

賈充が「本当の」と付けたのは、司馬昭の口癖「めんどくせ」に起因します。

司馬昭はのらりくらりしているところがあり、面倒なことに対して後ろ向きな態度をよく見せていました。

また情に厚く、父や兄が下す冷徹な決断に疑問の色を隠せないところもありました。

ゲームでの司馬昭はその怠け者の性格故に皆に阿保扱いされがちですが実は大器の持ち主で、その本質を見抜いている賈充は司馬昭の将来を見据えて、色々アドバイスしてあげるのです。

史実の司馬昭も三国時代を終わらせた次代の国「晋」の礎を築いた人物「太祖」として足跡を残しています。

無駄な温情

司馬師や賈充が司馬昭に伝えた言葉をまとめると以下のようになります。

  • 敵を叩くときは徹底的に叩かなければならない。
  • 中途半端にやってしまうとかえって敵の中に恨みが残り、後日禍の元となって余計めんどくさいことになる

これはまさにイタリアの政治思想家「マキャベリ」の君主論そのものです。

君主論から想起されたストーリーのようにも思える程ですね。

つまり、組織のトップは人から恐れられる必要があるということです。

情はあってもいいけど必要ではない。

冷徹になれと言っているわけでもない。

何より大事なのは感情ではなく徹底的な合理主義である。

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今回の例でいうと、魏を改革するためにはクーデターを起こして悪政を敷く曹爽及びその一族の処断は絶対だということ。

それに対して司馬昭が「それはちょっとやり過ぎじゃないか?」と情をかけてしまいますが、「その情が後顧の憂いとなる、きちんと先を見据えろ!」ということを賈充が注意喚起したのです。

 

一時の温情は長期的にみると全く意味を成していないから結果的に無駄、無意味と形容されます。

今の時代でよく見かけるパターンとしては、上司と部下の関係ですね。

この上司を一時的な情をかけているか否かで大分類すると以下のようになります。

おそらく皆さんも一度はこんな上司を見かけたことがあるのではないしょうか。

  1. 一時的な情をかけている上司→いつも優しいけど、結果を残せない上司
  2. 一時的な情をかけていない上司→部下から嫌われやすいけど、組織としていつも結果を残す上司

 

僕は以前務めていた会社で、以上のように対極的な振る舞いをする二人の上司を見ましたが、分かりやすいほどに成果の差が明らかでした。

まずはじめに、一時的な情をかけている上司はおそらく思考停止の状態になっていると思います。

何故なら情をかけることによって相手がどう変化するのかを理解していないからです。

例えば何も考えずに与えられた仕事ばかりやっている部下に対して「頑張ってるね~」「ありがと~」と謎の優しい言葉をかけている上司がいますが、それが部下にとって適切な言葉かどうかまでこの上司は考えていません。

社員の最大のミッションは結果をだすことで、それ以上でも以下でもない。

部下に目標をきちんと見据えさせて、その為には何をやらなければいけないかを示してあげることが必要です。

なのに感情優先の場当たり的な情をかけてしまうということは、これをやったらどうなるのかが分からない、つまり理性が働いていない証拠。

言い換えると部下のことを考えておらず、無責任ということです。

逆に一時的な情をかけない上司は部下に対してこんな風に言っていました。

「それって君がやる必要あるの?それは誰かに任して、君は君が本当にしなければいけないことをやってよ」

言い方次第ではムカッとするかもしれない内容の発言ですが、きちんと目標を見据えた生産性のある指示です。

部下が、ひいては組織が結果を出すことに注力して、全てに対して責任を負っている上司は一時的な情を一切持ち合わせないことで、責任を全うしています。

責任を全うするということは誠実である証ですから、皆から嫌われようが結果的に大きな信頼を得られるんですよね。

「めんどくせ」

ここまで【無駄な温情は本当の「めんどくせ」を招く】について話してきました。

この「無駄な温情」というのは元を辿っていくと普段から癖の様に発する「めんどくせ」に行き着くと思うんですよね。

つまり無駄な温情をかけたがる人は、めんどくさがり屋さんに多いということです。

お話ししたように、感情に率いられた一時的な情や優しさは実は相手のことを考えていないことの裏返しです。

それどころか優しい自分でいることに勝手に安息を得ている自己中心的な匂いさえしてきます。

自己中心的な人間の行動基準は、「その時の自分にとって都合が良いか否か」です。

程度こそあれ相手のために何かをしようという価値観が行動基準にありません。

 

さて、「めんどくせ」はどんな時に言うもの、思うものだろうか。

  • 何か頼まれごとをされた時
  • 目下の取り組みに相対している時

これらが自分の成長にとって必要でないことだと将来を見据えた上での「めんどくせ」なら全く問題ないと思うのですが、感情的に、反応的に「めんどくせ」になっていたら、自己中心的この上ないです。

つまり一時的に情をかけることも「めんどくせ」も感情的、反応的なアクションという意味で同じです。

人間なんで誰でも瞬間的に反応してしまうと思うのですが、そこで「いやいや、そうじゃないよね」と理性をもって感情を抑えられるかどうかが重要だと思います。

理性などと大仰にいわなくても、自己中心的で先のことを考えないアクションが後々より面倒くさい事態を引き起こすと考えれば、そのコスパの悪さにやってられねーなと自然と思えるはずです。

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まとめ

さていかがでしたでしょうか。

実際のところ「めんどくせ」と言っている、思っている人の方が多いと思います。

僕もよく言っています(笑)

当然、自己中心的です。

でも自覚しているので、対処可能です。

一番おそろしいのは、自覚しないまま日々暮らしていることだと思います。

歴史を振り返ってみた時に、自覚がない人が引き起こす行動こそ凶悪な結末を生んではいないでしょうか。

 

最後にまとめます。

「めんどくせ」は本当の「めんどくせ」を招く

  • 感情的、反応的な人は一時的な情をかけがちだが、長期的にみて無駄なのでやめよう
  • 一時の情に厚い人は「めんどくせ」と言ったり思ったりする傾向があり、相手のことを考えない自己中心的な人物である
  • 「めんどくせ」と感情的に反応してもすぐに自覚して、理性で感情を吹き飛ばそう

それでは最後まで読んで頂きましてありがとうございます。