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【正義中毒とは?】中野信子さんの著書「人は、なぜ他人を許せないのか?」を読んだ感想(ネタバレあり)

こんにちは、遊佐です。

皆さんは「正義中毒」という言葉を聞いたことがありますか?

正義中毒は脳科学者である中野信子氏の著書「人は、なぜ他人を許せないのか?」で使われている言葉です。

 

中野氏は正義中毒の言葉の意味を次のように定義しています。 


【自分とは関係ない人を断罪することに快感を覚え、それを繰り返すこと】

 

例えば芸能人の不倫騒動があるたびにネット上で散見される辛辣な書き込みのことです。

本書では「赤の他人にもかかわらず何故に誹謗中傷をしてしまうのか?」という点を切り口にして、人を許せないという構造を科学的に紐解いています。

 

本書はコロナが本格的に拡大する直前に発売されましたが、奇しくも自粛警察という言葉に一石を投じる内容になっており、今の時代にこんなにもぴったりな本というのもあまりないかもしれません。

今回は本書の要約とその感想を書いていきます(ネタバレ含む)。 

 

この記事はこんな人にオススメ
  • 話し合いの時に相手を打ち負かしたくなる衝動に駆られる
  • 人の意見を聞き入れない傾向がある
  • 人の裏切り行為が許せない

 

【正義中毒とは?】中野信子さんの著書「人は、なぜ他人を許せないのか?」を読んだ感想(ネタバレあり)

正義中毒

なぜ正義中毒に陥るのか? 

正義中毒とは自分と関係ない人を断罪することに快感を覚え、それを繰り返すこと。

そして正義中毒者が攻撃する対象者は、裏切り者や社会のルールから外れた人です。

 

では裏切り者や社会のルールから外れた人とはいえ、なぜ自分と関係ない人を断罪するのか?

それはシンプルに気持ちがいいから

「ネットで相手を糾弾する」も含めて断罪行為というものは、脳内で快楽物質ドーパミンを発生させます。

そしてこのドーパミンには良くも悪くも、また同じことをしたくなる依存性があるんです。

こうなってくると一種の病気です。 

 

ただ中野氏は正義中毒が人間の宿命であると述べています。

つまりドーパミンが発生する仕組みが脳にプログラムされている以上、誰もが正義中毒に陥る可能性があるということです。

ということは「人を許せない」という感情に対して抗うのではなく、コントロールすることが重要になってきます。

この本を読んだ感想

合理的な考え方

「他人を許せないという行為」は人の本能だから自然なことであるとし、肝心なのは本能に抗うのではなくどう向き合っていくかだという考え方は、とても合理的だなと思いました。

もし自分が他人を許せない性格なんだと思い悩んでいるとしたら、他人を許せないということが人間に備わっている本能によるものだということをまずは潔く認めようということ。

 

僕がこの本を気に入っているのは、内容が良い悪いの精神論ではなく、脳科学というサイエンスに基づいて書かれているからです。

つまり自己啓発本でたまにある根拠が曖昧な胡散臭さがなく、合理的で説得性のある内容になっています。

サイエンスとはいえ専門用語をほとんど使わずに書いてくれているので、とても読みやすいです。

 

自覚することの大切さ

本書のあとがきでも中野氏本人が触れていますが、実は本書には他人を許すための具体的な方法が書かれていません(あるとすれば・・・という面白いことは書かれていました)。

ただ「他人を許せない」という本能への向き合い方として、理性を司る脳の前頭野を機能させ、「自覚する」ことが大事だと度々書かれています。

いわゆるメタ認知。 

つまり人を許せなくてカッとなることは誰にでもあるけど、「あ、いま人を許せなくなっているな。気をつけなきゃ」と自覚して思いとどまれるということです。

 

自覚というのは正義中毒に限らず何をするにも大切な第一歩。

逆に無自覚というのは本当に怖いです。

無自覚の恐ろしさを語る一人に、故人であるユダヤ人哲学者ハンナ・アーレントという方がいます。

ハンナ・アーレントは「悪の陳腐さ」という言葉を残しており、悪とは特別なものではなく現状のシステムを無自覚で受け入れることによって起こるありふれたものとしています。

これはつまり過去に起きている悪名高き数々の大事件の多くは大魔王みたいないかにもな悪人ではなくて、思考停止したイチ凡人によって引き起こされたということです。

自称正義の旗印の元に無自覚でネット上に断罪の書き込みをした結果、ひとつの尊い命が消えたという事態ももちろんその一つ。 

 

そもそも頼まれてもいないのに他人を糾弾することで自分の正当性が認められる(ように錯覚する)快感に身を委ねてしまうのは、「誰かに認めてもらわないと自分に自信が持てません」と公言しているようなものですよね。

冷静になって考えるとかなり恥ずかしいことだと自覚できるはず。

 

「絶対正しい」はない

中野氏は「我こそは正義であると確信した時点でヒトは正義中毒に陥る」と言っています。

また日本人がヨーロッパ人と比較して議論が苦手であるということも指摘しています。

AとBの異なる意見をぶつけ合っていても自分の意見が正しいということが前提になっており、お互いにねじ伏せようとしてしまう。

そしていつのまにか議論から人格攻撃にシフトしているという謎の現象が起きる始末。

 

これは確かにそうだなと思いました。

議論の目的はそもそも答えを導き出すこと。

そのために本来望ましいスタイルは、意見の論破や相手を屈服させることではなく議題の深掘りのはず。

つまりAとBの異なる意見を統合して、新しくC論を誕生させるという弁証法です。

相手を屈服させるのではなく問題を解決するぞという意識があれば、我こそが正義というスタンスをとることはなくなるのではないだろうか。

そもそも世の中100%自分が正しいなんてことはないはずですよね?

 

他人事ではない

正義中毒は人間の本能に依拠したものなので、決して他人事ではなく誰もが陥る可能性があるということ。

正義中毒

SNSで誹謗中傷の書き込みをする人や自粛警察といった正義中毒の人はきっと日頃のストレスがたまっているはずです。

だって気持ちよくなるためにわざわざネットに登場してくるということは、リアルの世界で満たされない何かがあるということだから。

 

そしてストレスを受けない人なんてこの世にいないのだから、傍観者であったはずが知らぬ間に正義中毒者になっていたなんてことが容易に想像できます。

たまにストレス度合いのチェックとして自分で自分を診断してみるのもいいかもしれませんね。

中野氏に倣って合理的に考えると、ストレスがあるのは当たり前のことなのだからストレスを排除しようとするのではなく、ストレスにどのように応じるのかが大事だと思います。

 

【合理的なストレス対処法】

一貫性を求めない

ヒトが対象を攻撃するときの理由として、「信じていたのに裏切られたから」があります。

例えば好感度の高い芸能人がドロドロのスキャンダルを起こした時、もう恐ろしいくらいにネットは大炎上しますよね。

中野氏は、この「裏切られた」と思うこと自体をやめたら?と言っています。

 

ヒトには自分がこれまでしてきたことに対して矛盾しないように振る舞おうとする根拠のない習性があり、これを心理学では「一貫性の原理」と呼ぶそうです。

そして「振る舞おうとする」ということは、人間は本来思考が矛盾する生物だということの裏返しでもあるんです。

そう考えると、ヒトに一貫性を求めること自体がお門違いということになりますよね。

 

そもそも「〜だと思っていたのに!」はその人が勝手に作り上げていたイメージとのギャップによって生まれるので、イメージに反した行動を見せつけられたからといって反応するのは逆恨みに近い。

 

逆に攻撃される立場から考えると、好感度を上げすぎないようにするのも手なのかなと思います。

同じスキャンダルをやらかしても好感度が低い人がやっていたら、さもありなんということでダメージも少なくてすみますからね。

そういう意味では清純派と呼ばれる女優さんは大変だなと思います(なんのハナシ?w)。 

まとめ

ここがポイント
  • 人を断罪するという行為は気持ちがよく、中毒性を伴う。
  • 正義中毒は人間である限り誰もが陥るもので、他人事ではない
  • 人を許せないのは人間の本能だから、抗うのではなくコントロールしたほうが合理的
  • 「他人を許せない」への向き合い方の基本は「自覚」

少しでも赤の他人を許せないと思ったことがある、そしてそんな自分が嫌だなと思ったことがあるのなら、きっとこの本が役に立つと思います。

 

【人は、なぜ他人を許せないのか? / アスコム】

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