ゆさん歩 trip & hobby

金沢と富山を元地元民の目線でご紹介。また趣味であるカメラ、ファッション、脳科学についても少し書いていきます。

お洒落女子にズームイン!苦しみからの解放

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こんにちは。遊佐です。

コロナウィルスの収束する気配が全くないですね。

感染予防策として、マスク、手洗い、アルコール消毒が毎日のキーワードとなっていますが、僕はもう一つ以前から心がけていることがあります。

それは頻繁にお茶を飲むことです。

喉の粘膜に付着したウィルスが体の内部に浸食する前に、胃に流し込んで撃滅させるんです。

僕は昔よく風邪をひいていましたが、お茶をこまめに飲むようになってから、ほとんど風邪をひかなくなりました。

この予防策には劇的な効果があったので、これからも毎日続けていきます。

 

それでは本題です。

プロフィールにも書いていますが、僕が持つ趣味の1つに、ファッションがあります。

ファッションを趣味とするのは、着飾る為というよりは、脳を活性させてくれるからなんです。

皆さんは、洋服屋さんで服を選んでいる時に、どんなことを考えますか?

僕は

  • これ着てどこ行こう?
  • あの人と会う時に、どんなスタイルだと調和がとれるだろう?
  • このシチュエーションでは、どんなスタイルが最適だろう?

とか色々考えます。

さらにお店の方が、新鮮な提案をして下さった時なんか最高ですね。

そうやって服を選んでいる時は、楽しいもんですから、脳内にドーパミンが溢れ出てきます。

ドーパミンが出ると、脳の司令塔である前頭前野や、記憶領域の海馬が活性するので、クリエイティブな状態になれます。

もちろん人によって効果は様々ですが、僕はこんな理由もあって、ファッションを趣味としています。

さて、この「ファッションが趣味」となった際に、一般的に以下の理由が考えられます。

  • 服そのものに興味があるから
  • 着用することで得られる付加価値を求めているから
  • 自己表現の一環として

この中で、ファッションを「自己表現」と捉える女性に、僕はいつも興味深々です。ましてやチャーチの革靴を履いていたら尚さらですね(個人的嗜好)。

前置きが長くなりましたが今回は、あるお洒落女子に焦点を当てていきたいと思います。

それでは早速いきましょう。

 

自己表現

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自分の判断で、可愛い、素敵だなと思う服を着て、自分を表現する。

所謂この自己表現は、自己顕示や自己主張と混同されがちですが、ある点において全く異なるものです。

その点とは「承認元」です。

 自己顕示や自己主張の根底には、

  • 「マウントをとりたい」
  • 「誰かにイイねと認めて欲しい」

という、他者からの承認欲求があります。

一方、自己表現とは誰かと比べたりせず、ありのままの自分を出すこと。つまり、自己肯定感が高いので、他者からの承認は重要ではないのです。

この自己表現が得意な、ある女の子のファッションに、僕は強い関心を持ちました。

オシャレで個性的で、話を聞いていると、なにより本人が楽しそうだったからです。

この女の子は、ファッションに対して、普段どのように思考をし、選択をするのか。

別の視点で考えると、いかにしてそのパーソナリティを形成したのか。

パーソナリティの形成には、遺伝、環境、経験が深く関わっているのですが、彼女の場合は経験が大きく影響したようです。

彼女に、今の境地に至る過程を聞くと、彼女は「ずっと苦しかったから」と答えました。

承認欲求からの解放

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2年前まで、彼女は熱心にインスタグラムをやっていたそうです。

依存状態といってもいいでしょう。

その投稿内容は、

  • 「どこどこの高級寿司屋さんに行きました」
  • 「高級ブランドのアクセサリを買いました」
  • 「沢山の友達にお祝いしてもらいました」

というもの。

オシャレ!スゴイ!という反応を得て、優越感に浸ることで、インスタグラムを楽しんでいました。

でも実際は、常に「誰か」を意識していなければならなくて、とても疲れていたんです。

疲れて、苦しくなった彼女は、ある時からインスタグラムの更新をストップ。

きっかけは、新しい依存先を見つけたこと。自分が自然体で過ごせるパートナーを見つけたことでした。

すると、気持ちがすごく楽になって思考も変わっていったそうです。

「誰か」と比べることがなくなり、自分が本当にしたいことを出来るようになったんです。

 以前までは、承認欲求を利用した販売マーケティングにやられて、散在もしていたそうでしたが、それもウソみたいに消えたそうですよ。

彼女は、苦しめられてきた承認欲求から、自然に解放されていきました。

無為自然

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こう言うと、承認欲求とは否定しなければならないモノだと思いますよね。

でも欲求を否定しようとする行為もまた、欲求に囚われた状態だと思うんです。

「人と比べない」とか「自分らしく」を題目にして、承認欲求からの解脱を訴える人をしばしば見かけます。

でもこの訴えている人は、解脱して本当に楽になったのかなと、疑問に思う時があるんですよ。

例えば、解脱風景をSNSで晒して、素晴らしいことだと、最高だと言う人ががいるとします。

そしてその人は、ちょっと前までその人自身がいた境遇で過ごしている誰かに対して、理解出来ないという風な思考を展開しているんです。

僕はその人に対して、こんな疑問を投げかけます。

 

「いや、ちょっと待って。あなたのマインドには、あなたが否定している承認欲求が既に潜んではいませんか?」

 

ミイラ取りがミイラになっているパターンです。

承認欲求から不自然に逃れようとする余り、逆に承認欲求に取り込まています。

 

なので大切なのは、

 

「余計なことをせず、やるべきことをやる。あるがままに」

 

老荘思想で用いられる、無為自然の考え方ですね。

無理に承認欲求を捨てるという行為もまた、余計なこと。

全ては「あるがままに」です。

その昔お世話になっていた経営者の方が、以下のようなことを言っていました。

 

「余計なことをするからダメなんだ。場には流れというものが存在するから、それに逆らわずに、身を任せることが肝要。それが成功の秘訣だ」

 

僕はこの言葉が大好きで、以降は自分の行動理念となりました。

 

さていかがでしたか?

もしあなたが、常に「誰か」を意識して生きているのなら、ましてやそれで苦しんでいるのなら、今すぐその根源を絶ちましょう。その場からすぐ逃げましょう。

他者からの承認欲求は、ひとまずどこかに置いて、まずは自分で自分を肯定してみます。

でも承認欲求を否定してはいけません。それもまた欲に囚われた考えだからです。

大事なのは「自然に、あるがままに、やるべきことをやるだけ」です。

 

1人のお洒落女子と色々話したことで、ふとそんなことを発信したくなりました。

 最後まで読んで頂きましてありがとうございます。

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